SNS疲れと、老いを感じた瞬間

ちょっとやってみたいことがあり
TwitterやインスタといったSNSをやるのに
膨大な時間を割かれ
ブログの更新が滞りました。
SNSを見てると
ただでさえ錆び付いてる脳みその
疲労具合が、異常ですね。

ブログを書く気力も失い
もう頭が回らない、という状態に
陥ってました。
ゲームよりキツイです。

ここまで脳疲労の激しいモノを使って
生きていかなきゃいけない
イマドキの若者って(若くない人も)
た、大変すぎます。

中高年の私は
SNSのアカウントは一応持ってますが
そんなに熱心に見たこともなく
いいねもロクに押すこともなく
たまに覗くくらいでした。

今回、自分もちょっと
発信側に回ってみようとしたけど
自分が発信する量の何十倍もの
見知らぬ他人の心の声がダダ漏れしてるのを
エンドレスで押し寄せてくるのを
ひたすら流し読み
多少良ければ機械的にいいねを押して…

って、なんなの?この作業。

数年前から
「他人の心の声」というのは
私の中でずっと、キーワードでした。

たとえば
大人気の妖怪漫画、イヤ、鬼漫画?
鬼◯や呪◯廻戦をチラ見してると…
心の声がとにかく多すぎ、長すぎ。
流行りの歌も、早口で心の声をぶちまけてる
ようなのばっかり。

SNSも全く同じです。
ストレスの吐け口なのでしょうか。
溜め込むと◯にたくなっちゃうし
こーゆーところで
こまめに吐いていくしかないのかと。

どなたかの記事で(引用先失念)
「不満を気軽に吐き出せる場があると
分散してしまい、溜まらないので
社会を変えるような大きな力が
発生しにくくなっている」
みたいな事が書いてあり
一瞬、一理あるとは思いましたが…

ソレすら、古いかもしれません。

社会の変化は昔よりずっと速くなっています。
従来の「不満爆発型」は
火山みたいに局所的でした。
新しい「不満小出し型」は
誰かのひと言が、一瞬で世界中を駆け巡ります。
火山なんかよりも、ずっとずっと大きな
うねり、海流のようなもの。
それが世界共通事項だったりすると
賛同者の数が膨れ上がる。
それを実現しているのが、SNS。
影響力は凄まじいですね。

とはいえ、大半はゴミです。
ゴミ箱をのぞいてるような錯覚に陥ります。
ゴミ箱から宝物探しをしてるみたいです。

宝探しといえば
ヴィ◯バンやド◯キのような店が
宝物探ししてるみたいで楽しい、と
人気になりましたが
そういえば、私はどちらの店も苦手です。

疲れます。とにかく疲れます。
やっぱ歳のせいですかね。
同じ理由で数年前から、ブ◯クオフへも
めっきり行かなくなりました。
お目当ての本を探すのが大変で
見つけるのがひと苦労になってしまいました。

先日なんて
珍しくコンビニにトイレットペーパーを
買いに行ったんだけど、配置換えされてて
見つけられなくて、狭い店内を
2周くらいしても、見つからない。

自力をあきらめて店員さんに尋ねたら
「こちらですよ~」と親切に教えてくれて…
全部見回したつもりなのに
見落としていた場所に、あったのです。

思い起こせば最近は
店員さんに尋ねる回数が増えました。
知らない土地では道を聞くし…
探し当てられない自分をあきらめ
見知らぬ人に話しかけることに
慣れつつあります。


中高年者の中には
老いに抗って頑張る人もいますが
私は年相応で結構なタイプなので
若者についていく気など
一切無かったにも関わらず…

今回のSNSチャレンジでは
老いを、しみじみと感じさせられました。
こーゆーのを、年寄りの冷や水と
言うのでしょうか。がーん。
勘違いとかも、増えていくのでしょう。
階段式に衰えていくらしいですね。

ま、SNSも含め
できる範囲でやっていくしかないですね。

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