分かってほしい、の前に

数年前、グループカウンセリングを
体験したことがあります。

しかし、集まった人たちには
何の共通点もありませんでした。

自ら体験したことのないことには
想像するしかなく、共感しにくいので
心ではなく頭を使うしかないです。
視点は広がるかもしれないけど…

その中に、若い女性がいました。
母親に、自分を分かってほしい、
分かってほしい、と
しきりに繰り返していました。
いかにも病んでいそうで
他の人は、自分の順番が来るまで
ただ聞かされているしかなく…

なんでそんなに母親にこだわってんだろう

としか思えなかった私には
縁のない悩みだったのかもしれません。

分かってほしい、に年齢はないですね。
他人、特に親から
自分を分かってくれた、という実感を
人生で得られないと
老いてさえ、それを引きずる場合があります。
親の影響は、本当に大きいです。

カウンセリング中、彼女は
母親のことを分かってるのかという
疑問がわきました。

母親がどんな子供だったのか、
どんな学生だったのか、
聞いたこともなければ
聞きたくもないんじゃないでしょうか。

親には興味ないけど
親は子供のことを考えるべき、
なのでしょうか。

分かり合えないなら
あきらめるしかない場合もあります。
そういう親子も少なくないです。
もしくは
分かってくれる人を
親以外に求めるしかないです。

親なんて、なんとか養育してもらったら
とっとと独り立ちすればいいのです。
親ではない大人と接することで
親を見る視点も変わります。
いつか歩み寄る日が来るかもしれません。


グループカウンセリングの帰りは
こんな思いが頭の中を
ぐるぐるしていました。
疲れました。

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